名誉科学顧問

顧問

故 中村敏一 (ナカムラ トシカズ)
生年月日   1945/02/02
受賞業績名  肝細胞増殖因子(HGF)の発見と肝再生を
       はじめとする器官再生機構の研究
受賞時所属  大阪大学大学院医学系研究科 教授

中村教授には商品の開発などにおいて、多大なる御指導を頂きました。
心からご冥福をお祈り申し上げます。
       
       

略 歴
1967 / 3 京都薬科大学製薬化学卒業
1969 / 3 大阪大学大学院理学研究科修士課程修了
1972 / 3 同大学院博士課程修了、理学博士授与される
1972 / 4~1975 / 8 城西歯科大学助手及び講師
1975 / 9~1977 / 8 カリフォルニア大学サンジェゴ校(UCSD)留学
1977 / 9 徳島大学医学部酵素研究施設 講師
1980 / 4 同助教授
1988 / 3 九州大学理学部生物学科 教授
1993 / 1 大阪大学医学部バイオメディカル教育研究センター、腫瘍生化学部門 教授
2000 / 4~2008 / 3 大阪大学大学院医学系研究科未来医療開発専攻分子組織再生分野 教授
2001 / 12 アンジェスMG株式会社を創業
2002 / 12 クリングルファーマ株式会社を創業する
2003 / 9 アンジェスMG株式会社 東証マザーズに上場
2008 / 3 大阪大学停年退職 大阪大学名誉教授
2008 / 4 大阪大学先端科学イノベーションセンター再生創薬部門 特任教授
2009 / 9 株式会社ニューロゲンを創業する
2011 / 1 日本癌学会名誉会員
2013 / 3〜現在 (株)ニューロゲン代表取締役

受賞歴
1984 日本生化学会奨励賞、日本癌学会奨励賞
1992 高松宮妃癌研究基金学術賞
1994 安田記念医学賞、第12回大阪科学賞、持田記念学術賞
1995 井上科学賞
2006 Nature Medicine / Anges MG バイオメディカル大賞
2006 紫綬褒章

HGFとは
肝細胞増殖因子
HGF発見 (1984年) 分子量85000
(身体のあらゆる組織や臓器の再生と修復を行う物質)
肝硬変・慢性腎不全・肺繊維症・動脈硬化・心筋梗塞糖尿病・・・等の治療薬(医薬品化)

業績・成果
肝臓は生体の化学工場にたとえられるように多種類の肝臓特有の生化学反応を行なう代謝の中心臓器であるとともに、旺盛な再生能力を備えていることでも有名です。肝再生は高等動物の再生現象の中でも最もドラマチックなものとして古くから多くの研究者の関心を集めてきました。1983年、中村教授は長らく困難と考えられていた成熟肝細胞の試験管内での増殖に世界に先駆けて成功し、この方法を用いて化学的実体が不明であった肝再生因子の本体である肝細胞増殖因子(HGF)を発見しました。そして、その分子構造ならびに遺伝子構造の決定により長く暗いトンネルの中にあった肝再生の仕組みを分子レベルで解明する道を開きました。そして、HGFの純化、遺伝子クローニングを成功させ、肝再生因子としてのHGFの構造を明らかにしました。中村教授は肝臓をはじめとする器官の再生に関する研究を行い、HGFは難治性疾患の治療に効果があることがわかりました。
中村教授はHGFが肝再生だけでなく、やはり古くからその実体が不明であった腎再生因子の実体の1つであることも証明しました。HGFは肝細胞や腎尿細管上皮細胞に限らず多くの組織器官を構成する上皮細胞の増殖因子として、また細胞運動促進因子として、さらには形態形成誘導因子(モルフォゲン)として働く多機能因子であることも明らかになりました。HGFは多くの器官の再生に中心的な役割を果す器官再生因子として働くだけでなく、生物の発生過程における器官の形成においても重要な因子であることがわかりました。またHGFの働きを促進、また抑制する複数の生理活性分子の存在を明らかにし、組織再生機構に深い理解をもたらしました。
一方、中村教授はHGFによる再生修復機構の研究成果を基に現在も有効な治療法のない劇症肺炎、急性腎不全、心筋梗塞などの急性疾患や、肺硬変、慢性腎不全、肺線維症、心筋症、ハンチントン舞踏病や筋萎縮性側索硬化症などの慢性線維性疾患の発症阻止・治療に組換えHGFタンパク質あるいはHGF遺伝子発現ベクターが有効であることを疾患モデル動物を用いて実証しました。さらにHGFの顕著な薬効が強力な細胞死阻止に加えて、TGFーβで代表されるさまざまな線維化促進サイトカインの発現抑制により組織の破壊と線維化を抑制する一方、再生因子として積極的に正常組織の再構築を促し、機能改善をもたらすことによることも明らかにしました。この業績により、昭和59年に日本生化学会奨励賞、日本癌学会奨励賞、平成4年に高松宮妃癌研究基金学術賞を受賞。平成6年には安田記念医学賞、持田記念学術賞、大阪科学賞、平成7年に井上学術賞、そして平成18年11月には紫緩褒章など、多くの賞を受賞しています。HGFの発見と研究成果が人類の科学の進歩に大きく貢献したことがわかります。
中村教授は行政面においても重要な役割を果たしました。文部科学省学術国際局内の学術審議会専門委員として国際協力プロジェクトの推進や研究者の国際交流の促進に貢献しました。さらに、日本学術振興会の科学研究費委員会専門委員ならびに特別研究員等審査会専門委員を歴任、日本の独創的な研究を育成するという理念のもと、科学研究費の適切な配分や優れた特別研究員の支援に実質的な貢献を果たしました。学会活動では、日本の生命科学や医学における主要な学会である日本生化学会、日本癌学会においては理事、評議会、学会誌の編集委員や論文審査委員を歴任し、これら学会の発展と学問的な向上を行いました。これに加えて日本細胞生物学会、日本再生医療学会、日本組織工学会、日本臨床分子医学会の評議員を務めました。
中村教授の研究成果や創薬研究はメディアにもたびたび取り上げられています。様々な難病に効果を発揮するHGFの研究成果はもとより、中村教授の研究に対する情熱が紹介されてきました。HGFを用いたこの画期的な治療法は実践段階に進んでおり、日本発の新しい治療法として世界の注目を集めています。実際、HGF遺伝子を使ったASO(末梢動脈硬化症)治療が世界に先駆けて2001年6月から大阪大学付属病院で始まっており、その安全性と83%という高い有効性が実証されました。
1992年にScience誌に「Science in Japan」として日本の科学特集が掲載されています。ここで日本の生命科学の分野で国際的に注目を集める8つのグループの1つとして、中村教授らが紹介されました。1998年には医学領域で最も有名な雑誌のひとつであるLancet誌においても中村教授の研究内容が掲載されました。さらには2001年11月の時点で国際誌に掲載された生物学・生化学分野の論文の被引用度数第4位に中村教授の論文がランクインしました。また2005年のNature誌では日本のバイオテクノロジー、生命科学、創薬研究において大阪を基盤とする研究者のユニークな精神性と展開が掲載され、その中で中村教授はHGFの発見者であり、創薬研究に秀でた先進性を持つ研究者として紹介されました。
以上より、HGFの発見は日本国内だけでなく国際的な注目を集めていることがわかります。最後に、中村教授の研究業績は世界に先駆けてなされた日本発の独創研究であるのみならず、人類共通の難病・死の病から人々を救う治療研究に発展してる点に特筆すべき特徴があります。

中村敏一教授研究業績等概要
主要英文学術論文
1. T. Nakamura, H. Shinno and A. Ichihara(1980) Insulin and glucagon as a new regulator system for tryptophan oxygenase activity demonstrated in primary cultured rat hepatocytes. J.Biol.Chem., 255, 7533-7535
2. T. Nakamura, K. Yoshimoto, Y. Nakayama, Y. Tomita and A. Ichihara(1983)Reciprocal modulation of growth and differentiated functions of mature rat hepatocytes in primary culture by cell-cell contact and cell membranes. Proc. Natl. Acad. Sci.USA,80,7229-7233
3. T. Nakamura, Y. Nakayama, H. Teramoto, K. Nawa and A. Ichihara(1984) Loss of reciprocal modulation of growth and liver function of hepatoma cells in culture by contact with cells or cell membranes. Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 81, 6398-6402
4. T. Nakamura, H. Teramoto and A. Ichihara(1986) Purification and characterization of a growth factor from rat platelets for mature parenchymal hepatocytes in culture. Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 83, 6489-6493
5. T.Nakamura, T. Nishizawa, M. Hagiwa, T. Seki, M. Shimonishi, A, Sugimura, K. Tashiro and S. Shimizu(1989) Molecular cloning and expression of human hepatocyte growth factor. Nature, 342, 440-443
6. K.Tashiro, M. Hagiwa, T.Nishizawa, T.Seki, M. Shimonishi, S. Shimizu and T. Nakamura(1990) Deduced primary structure of rat hepatocyte growth factor and expression of the mRNA in rat tissues. Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 87, 3200-3204
7. T. tsuji, F. okada, K. Yamaguchi and T. Nakamura(1990) Molecular cloning of the large subunit of TGF-β masking protein and expression of its mRNA in rat various tissues. Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 87, 8835-8839
8. R. Montesano, K. Matsumoto, T. Nakamura and L. Oric(1991) Identification of a fibroblast-derived epithelial morphogen as hepatocyte growth factor. Cell, 67, 901-908
9. K. Matsumoto, H. Tajima, M. Hamonoue, S. Kohno, T. Kinoshita and T. Nakamura(1992) Identification and characterization of “injurin”, an inducer of expression of the gene for hepatocyte growth factor. Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 89, 3800-3804
10. K. Kawaida, K. Matsumoto, H. Shimazu and T. Nakamura(1994) Hepatocyte growth factor prevent acute renal failure and accelerate renal regeneration. Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 91, 4357-4361
11. S. Mizuno, T. Kurosawa, K. Matsumoto, Y. Mizuno-Horikawa, M. Okamoto and T. Nakamura(1998) Hepatocyte growth factor prevents renal fibrosis and dysfunction in a mouse model of chronic renal disease. J. Clin. Invest., 101. 1827-1834
12. M. Tahara, K. Matsumoto, T. Nukiwa and T. Nakamura(1999) Hepatocyte growth factor leads to recovery from alcohol-induced fatty liver in rats. J. Clin. Invest., 103, 313-320
13. T. Sumi, K. Matsumoto, Y. Takai and T. Nakamura(1999) Cofilin phosphorylation and actin cytoskeletal dynamics regulated by Rho- and Cdc42-activated LIM-kinase2. J. Cell Biol. 147, 1519-1532
14. T. Nakamura, S. Mizuno, K. Matsumoto, Y. Sawa, H. Matsuda, and T. Nakamura(2000) Myocardial protection from infarction by endogenous and exogenous hepatocyte growth factor. J. Clin. Invest. 106, 1511-1519
15. S. Mizuno, K. Matsumoto, M-Y Li and T. Nakamura(2005) HGF reverses advanced lung fibrosis in mice : a potential role for MMP-dependent myofibroblast apoptosis. FASEB, J., 19, 580-582
他 英文原著598編、英文総説77編、和文総説224編

主要著書
1. 中村敏一(1987)初代培養肝細胞実験法 学会出版センター B5 : pp 1-290
2. 中村敏一、萩原俊男(1998)HGFの分子医学 メディカルレビュー社 B4 : PP 1-219
3. Growth Factor : Cell Growth, Morphogenesis and Transformation. Edited by T. Nakamura and K. Matsumoto(1994) Gann Monograph on Cancer Reseach No.42, Japan Scientific Societies Press, B4 : pp 1-175
4. Growth Factors and their Receptors in Cancer Metastasis. Edited by W.G.jiang, K. Matsumoto and T.Nakamura(2001) Cancer Metastasis-Biology and Treatment Vol. 2, Kluwer Academic Publishers, B5 : pp1-303.
他 54編